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種蒔き・庭の手入れ

真実の実エペソ人への手紙 第5章15-21節を読みましょう。神様は、わたし達がどのように時間を過ごすことを望んでおられますか?パウロが言う、悪い時代とは、どの様な時代なのでしょうか? 種を蒔く今日の聖句に静かに声に出して読みましょう。心にしっかりと刻み、一日を通して瞑想しましょう。 エペソ人への手紙 第5章15-16節“そこで、あなたがたの歩きかたによく注意して、賢くない者のようにではなく、賢い者のように歩き、今の時を生かして用いなさい。今は悪い時代なのである。” 種に水をあげるわたし達を取り囲む暗闇に必ず気付いているとは限りません。世界中がどんどん暗闇となりつつあります。素晴らしいことに、とても暗い夜にこそ星は明るい光を放ちます!暗闇の中にいる光の子の存在は、たとえ小さな存在であっても、神様を信じない人々に確信をもたらします。これこそが聖霊の役割と働きなのです。光となることを恐れないで下さい。 自分は光になれないと感じているかもしれません。あなたは何の影響を与えることもできない、と敵は信じさせようとするでしょう。幼稚園で歌った短い歌を覚えていますか? “わたしの小さな光。輝かせよう。” あなたは輝いているのです。悪魔が何と言おうとも、闇は光に打ち勝つことはできないのです。時間という膨大な財産が与えられていますが、無駄に使ってしまったり、最大限に生かさなかったりしてしまうことがよくあります。神聖に時間を管理するのはとても大切です。過ぎ去った時を取り戻す事はできません。今日だけではなく、一週間を通じて時間の使い方に注意してみませんか?主が与えてくださった豊かな時をどう過ごしますか?福音の更なる伝道のために使っていますか?あるいはキリストのからだの一部として周りの人々のため、世界中の人々のために使っているでしょうか?必要であれば、予定を変更しましょう。そして今日この御言葉について考える時、自分自身をしっかりと見つめて、時間の使い方に注意してみましょう。 実を結ぶ時間を最大限に生かしましょう。 結びの祈り今日、心に植えられた言葉が実生活で生かされるようにお願いしましょう。

種蒔き・庭の手入れ

真実の実エペソ人への手紙第5章11-14節を読みましょう。どのような警告が与えられていますか? 種を蒔く今日の聖句に静かに声に出して読みましょう。心にしっかりと刻み、一日を通して瞑想しましょう。 エペソ人への手紙第5章14節“眠っている者よ、起きなさい。死人の中から、立ち上がりなさい。そうすれば、キリストがあなたを照らすであろう。” 種に水をあげるあなたの生活や心について変わる必要がある部分を主に示された時、どうすれば眠っている自分を目覚めさせられますか?目覚めさせてくれるものは何ですか?一つ例を挙げるとすれば、毎日、そして一日を通じて、御言葉を実践し、その意味をじっくり考えるという事です。 本を読んだり、テレビを観ていて、眠くなり、すぐにでも眠りに落ちると感じることがありますね。また、自分では気付いていないのにウトウトとしてしまうこともありますね。霊的な眠りのからくりと似ています。とてもずる賢い敵に眠りに誘われることがあります。しっかり目を覚ましていたつもりが、次の瞬間、眠に落ちてしまうのです。騙されて眠りに落ちたくない場合、ヤコブの手紙が役立ちます。ヤコブの手紙 第1章22節にこう書いてあります。”そして、御言を行う人になりなさい。おのれを欺いて、ただ聞くだけの者となってはいけない。”(今、あるいは後で時間のある時にヤコブの手紙 第1章19-27節を読んでみて下さい。) これらの御言葉を心から聞き入れることができるよう主にお願いしましょう。 ローマ人への手紙 第10章17節で、パウロはこう説明しています。”したがって、信仰は聞くことによるのであり、聞くことはキリストの言葉から来るのである。” 暗闇を一掃するべき一番大切な場所は自分自身の心の中なのです。一日を通じて、御言葉という光を照らすこと、つまり神様の御言葉を心に留めておくことで暗闇に打ち勝つことができます。(詩篇 第119編11節) 今まで聖句を暗唱して心に留めておくのは困難だったかもしれませんが、今日から始めてみましょう。: 義の道を再び歩むのに、手遅れという事は決してありません。 実を結ぶ死人の中から目を覚まし、立ち上がりましょう。 結びの祈り今日、心に植えられた言葉が実生活で生かされるようにお願いしましょう。

Trust the God-process―神様のプロセスを信じる

習慣についてたくさん話してきましたが、本当のところ習慣とはいったい何なのでしょうか。この数日間で学んだことによれば、習慣とは、重大な必要を決まった行動によって満たし続けることです。習慣は非難されやすいものですが、実はこれも神様が作られたプロセスなのです。これを、神様のプロセスと呼ぶことにしましょう。これが次の文字に繋がります。Trust the God-process、つまり、「神様のプロセスを信じる」ことです。 創世記において、神様の創造のお話は非常に規則正しく、たくさんの良い習慣で満ちています。私たちはここで初めて、神様が新しい健全な良いものを創り出すために、プロセスをお用いになるところを見ることができます。親近感がわきませんか?神様にも習慣があったのです!この一つのお話の中に、神様は、素晴らしく良い習慣、続く習慣、人に助けてもらう習慣(アダムが動物に名前をつけました。また、人がひとりでいるのは良くないと、神様はエバをお創りになりました)、自分の功績を誇らない習慣(神様はその日ごとに、ご自分の御業みわざは良かったと評価されました)、そして、一週間に一度ただ安息あんそくするという習慣を、見せてくださいました。聖書を読みながら、良い習慣や、神様のプロセスを探し続けてください。そうすれば、あなたはきっとそれが神様からの贈り物だということに気づくでしょう。 私たちは、神様を信じなければなりません。また、神様がプロセスのうちにおられることを、信じなければなりません。神様は、何か素敵な新しいことを、あなたの人生に行おうとしておられるのです。ですから、健やかなアイデンティティを持ち(Healthy identity)、助けを求め(Ask for Help)、自分に優しくし(Be Kind to Yourself)、習慣を吟味して修正し(Investigate and Make Changes)、そして、神様のプロセスを信じましょう(Trust the God-process)。日々の良い習慣を作るプロセスは、私たちが神様に頼らなくていいように用いるものではありません。神様の助けがあるからこそできるのです。このように日々の行動の中で神様を信じていくとき、それは神様のプロセスとなるのです。反対に、神様の助けがないなら、どんなに最善を尽くしても、全て自力でしなくてはなりません。そのような神様なしでの行いをしていると、ふりだしに戻ってしまいます! 祈りましょう ―神様、生活の中で、私の習慣やルーチンを整えるのを助けてくださってありがとうございます。あなたがくださる力と平安と恵みなしには、私は何もできません。日々あなたに委ねられるように助けてください。アーメン。

種蒔き・庭の手入れ

真実の実エペソ人への手紙 第5章6節-10節を読みましょう。パウロは、わたし達に何をせよと説いていますか?かつては暗闇の中にいた、罪のために死んでいた、怒りの子であった、神様の敵であった、不服従で汚れた者であった、と書き綴っています。しかし今は、光となり、キリストの内にあり、またキリストもあなたの内におられます。イエス様ご自身がわたし達の内に住んでいる様に生きるなさい、とパウロは言っています。 種を蒔く今日の聖句に静かに声に出して読みましょう。心にしっかりと刻み、一日を通して瞑想しましょう。 エペソ人への手紙 第5章8節,10節“光の子らしく歩きなさい。そして、主に喜ばれるものがなんであるかを、わきまえ知りなさい。” 種に水をあげる聖霊は、あなたの中に、そして共にいて下さいます。それを信じて心に留めておくのは難しいことですが、ガラテヤ人への手紙 第2章20節が真実を語っています。あなたはキリストと共に十字架につけられ、そしてキリストとという光が、今あなたの内にあります。わたし達は光の子として、光の中を歩み、日ごとに成長し、そして神様に近づいていきます。 光になると言う意味について考えてみましょう。家庭や、職場で、真理と光となれる様に主にお願いしましょう。どんな風に見えるか想像してみましょう。どうすれば、もっと光輝けるでしょうか?どうすれば、あなた自身を小さくできますか?それは、ひとりではできません。主に喜んで頂けることを探しなさい、とパウロは言っています。パウロは救いの手を差し出そうとしています。注意して耳を傾け、意識して行動するならば、この教えをしっかりと心に留め、神様の恵みによって日々に生活に生かしていきたいと思うことでしょう。そうすることで、わたし達は光の子として歩み出すのです。 実を結ぶ光の子として歩みましょう。 結びの祈り今日、心に植えられた言葉が実生活で生かされるようにお願いしましょう。

Investigate and Make Changes―吟味して修正する

考えてみましょう ―私の習慣のきっかけは何だろう?どうすれば良くないきっかけを良いきっかけに変えられるだろうか?どんなルーチンにつながっているだろう?報酬は何だろう?それは神様が用意してくださっている物だろうか?

種蒔き・庭の手入れ

真実の実
エペソ人への手紙 第5章3-5節を読みましょう。
貪欲と偶像礼拝とは?これらの罪について、この節にはどの様に書かれていますか?どんな警告が与えられていますか?貪欲とは、他人の物を欲しがる事です。偶像礼拝とは、神様の代わりに他のものを崇めるという事です。何か変わる必要がありますか?

種蒔き・庭の手入れ

真実の実
エペソ人への手紙 第4章17-24節を読みましょう。
パウロの言葉に注意深く耳を傾けましょう。クリスチャンとして歩むということは、日々、意図的に努力して光の中を歩むことを選ぶということです。キリストを信じない人たちの失敗や希望のない生き方から何を学びますか?

種蒔き・庭の手入れ

真実の実
エペソ人への手紙 第4章15-16節を読みましょう。
どのように成長するのか、また成長する理由についてパウロは何と言っていますか?

種蒔き・庭の手入れ

真実の実エペソ人への手紙第4章4-8節を読みましょう。しっかりと聞いて下さい。あなたは何に召されたと書いてありますか?何の一部であると書かれていますか?4節を読み返してみましょう。神様のクリスチャンに対する望みは、それぞれが一つの体の一部であることを自覚し、互いに結束して生活することです。この体全体の結束を保つ努力は何であろうと怠らず、わたし達は一人で戦っているのではないことを心に留めなければなりません。わたし達はキリストの体の一部なのです。”からだは一つ、御霊も一つである。あなたがたが召されたのは、一つの望みを目ざして召されたのと同様である。主は一つ、信仰は一つ、バプテスマは一つ。すべてのものの上にあり、すべてのものを貫き、すべてのものの内にいます。すべてのものの父なる神は一つである。”(エペソ人への手紙 第4章4-6節) 種を蒔く今日の聖句に静かに声に出して読みましょう。心にしっかりと刻み、一日を通して瞑想しましょう。 エペソ人への手紙 第4章7節“しかし、キリストから賜わる賜物のはかりに従って、わたしたちひとりびとりに、恵みが与えられている。” 種に水をあげるわたし達に与えられた役割を果たすのに必要な恵みは神様から与えられています。自分の役割を積極的に果たしていますか?時間、才能、大切な物をささげていますか?神様を信じる者の群れに属していますか?ジャック・バウワーの様に自分一人ですべてを行うのではなく、神様に召されたことを神様と一緒に、そして兄弟姉妹と一緒に行うのです。 コリント人への第二の手紙 第12章9節に、「私の恵みはあなたに対して十分である。私の力は弱いところに完全にあらわれる」 とあります。パウロは神様の恵みにより弱さを強さとしました。同様の恵みがキリストからの贈り物として、あなたにも与えられているのです。”神はあなたがたにあらゆる恵みを豊かに与え、あなたがたを常に全てのことに満ち足らせ、すべての良いわざに富ませる力のある方なのである。”(コリント人への第二の手紙 第9章8節) 神様の恵みによりすべてが満たされ、神様さえいれば十分!と信じることができるのです。神様こそが全てです!自分自身、また自分の置かれた状況について、このように捉えていますか?この真実を信じていますか? 実を結ぶ恵みとはキリストの中にある人に与えられる。 結びの祈り今日、心に植えられた言葉が実生活で生かされるようにお願いしましょう。

種蒔き・庭の手入れ

真実の実エペソ人への手紙 第4章1-3節を読みましょう。ゆっくりと、そして祈りを込めて1節と2節を読み返してみましょう。神様は、妻として、母親として、姉妹として、友人としてのそれぞれの役割について何と言っておられますか?どの様な考え方、心の在り方、もしくは態度を改める必要がありますか?より優しくする必要がある時は、どんな時ですか?より忍耐が必要なのは、誰に対してですか?ただ忍びあうのではなく、愛をもって忍びあうにはどんな事が必要ですか?神に愛され信者として、すべてのことは神の栄光とかけがえのない福音のため、ということを覚えておきましょう。 感情的になったり、批判的な感情を持ったり、あるいは早合点したりすると、キリストの体とのきずなを壊してしまいます。主は、たゆまず自分の心を注意深く見つめることをわたし達に望んでおられます。熱心に、注意して、壊れたきずなや傷を一生懸命に素早く元にもどすようパウロは言っています。今日、”平和のきずなで結ばれて、聖霊による一致を守り続けるように努め” (エペソ人への手紙第4章3節) る人になりましょう。 種を蒔く今日の聖句に静かに声に出して読みましょう。心にしっかりと刻み、一日を通して瞑想しましょう。 エペソ人への手紙 第4章1節-2節“さて、主にある囚人であるわたしは、あなたがたに勧める。あなたがたが召されたその召しにふさわしく歩き、できる限り謙虚で、かつ柔和であり、寛容を示し、愛をもって互いに忍びあい。” 種に水をあげる今日の暗証聖句には解説の必要はありません。体の内も外も神聖であることが求められています。それは、主を第一に考え、そして自分の事より相手の事を考えるという気持ちから生まれるものです。パウロの挑戦を受け入れ、今日だけでなく、この読書プランを継続する間、さらには人生において、この御言葉を自分のゴールにしましょう!この御言葉が実現できるように主にお願いしましょう。 実を結ぶ神様の召喚にふさわしい態度で歩みましょう。 結びの祈り今日、心に植えられた言葉が実生活で生かされるようにお願いしましょう。

種蒔き・庭の手入れ

真実の実エペソ人への手紙 第3章7-13節を読みましょう。少し時間をとって、神様が与えて下さった、キリストという、比類なき、無限の恵みについて考え、感謝しましょう。これらの恵みについて考える時、神様は不変の存在であること、そして決して私たちを見捨てないという神様の約束に感謝せずにいられません。この御言葉をもう一度読み返して、恵みの数々を心に刻みましょう。 種を蒔く今日の聖句に静かに声に出して読みましょう。心にしっかりと刻み、一日を通して瞑想しましょう。 エペソ人への手紙 第3章11節-12節“わたしたちの主キリストイエスにあって実現された神の永遠の目的にそうものである。この主キリストにあって、わたしたちは、彼に対する信仰によって、確信をもって大胆に神に近づくことができたのである。” 種に水を与える私たちは、なぜ色々な物が必要と感じるのでしょう? – 新しい財布 , “噂の” 靴 , 理想の家, 流行りの服などです。もしくは、こんなことも言ってみたりします。「主人がもっとこうであれば幸せになるのに」 、「娘がこうなってくれれば、私は幸せになれるのに」、「あと少し収入が多ければいいのに」。 神様に与えられたものとは、何も比べようがありません。キリストのみが私たちを満たすことができるのです(詩篇 第16篇11節)。 所有物にとらわれるのをやめ、考え方を改め、罪深い習慣を信心深いものへと置き換える必要があります。神様は、私たちに大胆さと、自信をもって神様に近づく許可を授けてくださいました。神様は、ご自身の住処の扉を開けるにとどまらず、ご自身の部屋への扉も開けておいて下さいました。天の主のことを「父」と呼ぶことを許されました。前代未聞です。天のお父様は、私たちを招いて下さっています。いつ、どんな時でも、如何なる事についても、神様に委ねてほしいと望んでおられます。神様に何でも相談しましょう。この世の事、心から切に願う事を伝えしましょう。そして、神様自身、神様の聖さ、キリストの正義を求める心が与えられるようにお願いしましょう。今日、瞑想の時を終える前に、祈りの時を持ち、この真理を心に受け入れ、子供のように天のお父様に抱っこしてもらい、そして神様にあなたの胸の内を打ち明けましょう。 実を結ぶ大胆さと、自信をもって神様に近づく許可を授けてくださいました。 結びの祈り今日、心に植えられた言葉が実生活で生かされるようにお願いしましょう。

種蒔き・庭の手入れ

真実の実
エペソ人への手紙 第2章17-22節を読みましょう。
この聖句を何度か読み、神様との関係、そして教会におけるあなた自身の役割をより深く理解できるように主にお願いしましょう。(エペソ人への手紙 第1章3-14節)

種蒔き・庭の手入れ

種を蒔く
今日の聖句に静かに声に出して読みましょう。心にしっかりと刻み、一日を通して瞑想しましょう。

種蒔き・庭の手入れ

真実の実エペソ人への手紙 第2章1-3節を読みましょう。キリストの御前におけるわたし達の状態についてパウロはどう言っていますか?我々はどのような状態だと第1節に書かれていますか?その状態で、わたし達に何ができますか?第2節によると、わたし達は何に従っていましたか?何にコントロールされていましたか?キリストにあって、わたし達はもはや神様に選ばれた子となりましたが、第3節でパウロはわたし達の過去について何と言っていますか?耳が痛いですね! 種を蒔く今日の聖句に静かに声に出して読みましょう。心にしっかりと刻み、一日を通して瞑想しましょう。 エペソ人への手紙 第2章3節“また、わたしたしもみな、かつては彼らの中にいて、肉の欲に従って日を過ごし、肉とその思いの欲するままを行い、ほかの人々と同じく、生まれながらの怒りの子であった。” 種に水あげる人間の邪悪さの深さを知れば知るほど、福音を心から愛するようになります。わたし達は今も罪に直面して生きています。わたし達は不義のなかに生まれました。(詩篇 第51篇) しかしキリストにあって、我々は罪に打ち勝つ力を与えられました。罪の力は破壊され、罪がわたし達を”縛る”ことはもうありません。罪の贖いが支払われ、わたし達は罪から解放されたのです。そして今はキリストと共にあります。 今日は自分の考えと行動に注意しましょう。どんな形でこの世の欲望が心の中に浮かび、それに対抗しましたか?どのような一時的な欲求に対して「いいえ」と言えましたか?どのような考えを頭から追い出しましたか?記録しておき、成長が見受けられたら神様に感謝をささげましょう。我慢するべきと知っていながらできていないことがあれば、神様の赦しと助けを乞いましょう。わたし達はかつて肉の欲に生きていました。しかし今はもうそうではありません! 実を結ぶもはや、怒りと世俗的な欲望を持った人ではありません。 結びの祈り今日、心に植えられた言葉が実生活で生かされるようにお願いしましょう。

自分に優しく

真剣に良い習慣を始めてみようと決めたなら、完璧主義をやめましょう。これが今日の文字に繋がります。Be kind to yourself、つまり、「自分に優しく」なることです。失敗があっても新しい習慣を続けたいのなら、自分に優しくなるのです。

種を蒔き・庭の手入れ

キリストに与えられたものは何でしょうか?人生の目的についてどう書かれていますか?誰の計画がいつも果たされますか?誰の望みが実現しますか?

土壌の準備

ここで再びイエス様の言葉に耳を傾けましょう。イエス様は同じ点を繰り返されています。繰り返すのは重要だからです。

土壌の準備

イエス様の言っていることはこういうことです。いつの日か、すべてのものがあらわになる。我々の心の状態も明るみにさらされる。しかし、その時にはすでに手遅れである。

助けを求める

聖書の、ヘブル人への手紙(イエスを信じるユダヤ人たちに宛てて書かれた手紙)には、神様を信じるほかの人たちと集まらなくなることは良い習慣でないというだけでなく、悪い習慣であると書かれています。

土壌の準備

神様の種は良い土地に蒔かれた時にだけ実を結びます。良い心、素直な心と何でしょう?この聞くという事はどう言う意味でしょう?神様の言葉を心に受け入れ、耳を傾け、悔い改め、信じ、そして従う、これが聞くという事です。種が根付き、成長し、そして成熟した実を付ける心のことを指しています。

はじめに: 豊かな収穫を得るために、庭に種を蒔きましょう。

朽ちない種-すなわち神様の御言葉です!(ペテロ第1の手紙1章23節, ルカによる福音書8章11節) 数年前に、考古学者がピラミッドで小麦の種を発見しました。その種は、紀元前2500年前後の遥か昔の物でした。肥えた土壌に種を蒔くと、なんと4500年前の小麦の種が発芽、成長したのです! 「あなたがたが新たに生まれたのは、朽ちる種からではなく、朽ちない種から、すなわち神の変わることのない生ける御言によったのである。『人はみな草のごとく、その栄華はみな草の花に似ている。草は枯れ、花は散る。しかし主の言葉は、とこしえに残る』これが、あなたがたに宣べ伝えた御言葉である(ペテロの第1の手紙1章23節-25節)」 エペソの教会へ宛ての手紙の中でパウロは、神様の家族として受け入れられた時、人間の理解を超えるものを神様から受け取るのだということを信者たちに教えようとしています。どうしていいのかわからないほど多くのものを私たちは神様から受け取りました。しかし残念なことに「神様の中に」という意味が分からないために、倉に鍵をかけてしまいました。信仰によって神様からの豊かな恵みに触れるまで、生命を創り出すことも、実を結ぶこともなく、ただそこでじっと眠ることでしょう。 倉を壊しましょう。種を取り出しましょう。肥沃な大地に種を植え、永遠へとつながる素晴らしい収穫を刈り取りましょう! 心の中に御言葉の種を蒔いてくださいと神様にお願いし、御言葉を信じて生活するのです。「したがって信仰は聞くことによるのであり、聞くことはキリストの言葉から来るのである(ローマ人への手紙10章17節)」とあるように、聖書によると信仰は神様からの賜り物なのです。神様の言葉を聞くためには、神様の言葉と共に時を過ごし、学び、瞑想しなければなりません。聖霊の力の働きによって言葉が聞こえた時、それを信じ聖霊の力に導かれて生きることで、その言葉を理解しなければなりません。そうする時、私たちは義という実を結ぶ義の種を心に蒔いているのです。 最後に祈りしましょう。 特記なき限り、聖句は口語訳聖書(JA1995 – Colloquial Japanese)より引用しています。

健やかなアイデンティティ

誰でも、良い習慣が欲しいものです。それなのに私たちがすることといえば、寝過ごし、仕事に遅れ、遅く帰ってきて、子供を叱りつけ、「あとちょっとだけ」と食べたり飲んだりし、布団の中でのメールチェックなどです。

天のお父さんからあなたへのラブレター

ここに記されている言葉は、真理です。あなたの人生を変えることのできる言葉です。これらは、神様の心から発された言葉です。神はあなたを愛しておられます。神は、あなたが探し求めてきた父なるお方です。

つながる

自分への問いかけ 適切な人とつながるために何をする必要がありますか?逆に、つながりを切る必要がある人はいますか?

仕える

神について忘れてしまう最も簡単な方法のひとつは、「自己」に心が捕らわれることです。イエスは、神に従うことを望んでいた人々に対して、かなり直接的な言葉を用いて語られました。「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。」(マタイによる福音書 16:24)

行く

あなたの人生に、何か新しいことが始まるのを感じていますか?何かいつもと違うことが必要ですか?今それを感じていなくても、これから何かが起こるのは確かですから、その変化に対してあなたの心を常に備えておくのは良い考えです。

とどまる

私は、自分がやりたかったことを、もしあきらめていたら、人生は現在とどれほど違っただろうかと何度も思います。私の人生を次のように語っていたかもしれません。「ええ、私は牧師になると思っていましたが、そうしようとしたところ、うまくいきませんでしたね。人生はそういうものですよ。」

とまる

のは、私たちが行う最も生産的なことのひとつだとわかるでしょうか。現在地や行きたい場所を確認するために「とまる」と、そこから、本来の目的地に向かってどうやって移動するかを決められます。

はじめる

あなたの人生は終わっていません。いつかあなたが語りたいと思う人生に、まだ間に合うのです。

聖霊様、一緒にやりましょう

聖霊様は、あなたの内に住まわれる神様で、あなたの心に語り、神様に近づけるように導いてくださる方であることはもうわかったと思います。聖霊様は、あなたが正しいことをするように、そのうえ神様の働きができるようにと常に励ましてくださいます。あなたの人生が変えられるような選び方、行動ができるように助けようと私たちの内にいてくださいます。

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