愛は犠牲を伴う

アカデミー賞受賞作品である第二次世界大戦をテーマにした映画『プライベート・ライアン』は、戦場で兄弟を殺された若い兵士(プライベート・ライアン)の物語です。すべての息子を失うかもしれないという家族の苦しみを救うため、政府は若い兵士を救出して家に帰すための救出作戦を計画しました。この任務に当たる現実的な考え方をもつ陸軍大尉は、一人の若い兵士を救出するために部隊全体を危険にさらすこの作戦は間違っていると考えながらも、指揮を任されることになりました。

この映画の最後のシーンでは、陸軍大尉は若い兵士を見つけ出し、無事に任務を果たすものの、致命傷を負いました。臨終の間際に若い兵士の目を見て「無駄にするな。しっかり生きろ」と言い残したのです。それから映画は数十年の時を越えて、すっかり年老いたかつての若い兵士、ライアンが陸軍大尉の墓の前に立っている場面になります。そのライアンの様子から、陸軍大尉の臨終の言葉に取り付かれ、人生を「無駄にせずしっかり生きよう」と努力してきたものの、果たしてそれを成し遂げられたのか自分自身も分からないでいるのが分かります。ライアンは墓前に嘆願し、承認を得ようとしますが、何の応答も聞こえないのです。

多くの人々がイエスに信仰を見いだしていると信じていますが、ライアンの陸軍大尉に対するように、イエスが十字架の上で成し遂げてくださったことに報いて生きなければと信じています。ここで良い知らせがあります。イエスは十字架に架けられ、命懸けであなた方を救いたいと願われたとき、「報いて生きろ」と死にゆく言葉は残されませんでした。その代わりにイエスが何と言われたのでしょうか。イエスは「成し遂げられた」と言われたのです。

受け止められましたか?「成し遂げられた」。それは、既に行われ、完了され、封印され、終わったことを意味します。それは神の恵みです。イエスはすべての業を終えられました。たとえあなたができる、ありとあらゆることを行ったとしても、このイエスの業に報いることなど到底できませんし、神も報いてもらうことをあなたに求めることは絶対にありません。

聖書は、自分の口で、イエスは主であると告白し、自分の心で、神が死人の中からイエスをよみがえらせたと信じるなら、あなたは救われる、と言っているのです。(ローマ10:9)これは報いるための義務ではなく、信仰により受けることができる恩恵なのです。あなたは救い主に手を伸ばし、あなたの心、精神、思い、そして全力をつくして神を愛しましょう。イエスはすべての業を成し遂げてくださり、それはあなたへの愛から行ってくださったのです。成し遂げられたのです。

あなたが愛する人のために払った最大の犠牲は何でしょうか?



Categories: christianity, japanese

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